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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)1476号 判決

控訴人 内外塗料株式会社

被控訴人 大阪国税局長

訴訟代理人 朝山崇 外三名

主文

原判決を左のとおりに変更する。

被控訴人に対し、大阪市阿倍野区阿倍野筋八丁目三一番地宅地七四坪が、控訴人の所有たることの確認層求める訴を却下する。

被控訴人に対し、右土地につきなした国税滞納処分による差押の無効確認を求める請求は、これを棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は、「原判決は、これを取り消す。被控訴人が昭和二七年五月二八日大阪市阿倍野区阿部野筋八丁目三一番地宅地七四坪に対して為したる滞納処分は無効であること、該物件は控訴人の所有権に属することを確認する。訴訟費用は第一審、第二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴はこれを棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

二、当事者双方の主張としては、控訴代理人において、

公法関係には民法第一七七条の適用がないことを主張する。そもそも民法第一七七条は私経済上の取引の安全を保障するために設けられたものであつて、公法関係に適用すべきものではない。この解釈はつぎの各判例によつても支持されている。すなわち私経済上の取引の安全を保証するために設けられた民法第一七七条は、自作農創設特別措置法による農地買収処分にはその適用がないとする最高裁判所昭和二五年(オ)第四一六号事件同二八年二月一八日言渡判決及び同年(オ)第二六七号事件同二八年三月三日言渡判決その他同旨の下級審判決や、租税の賦課処分は、国家又は地方公共団体が、公権力により一方的に納税義務者に対し、その義務を負担せしめる行為であつて、私法上の取引関係とは全くその性質を異にするものであるから、私法上の物権変動の第三者に対する対抗要件を規定した民法第一七七条は、かゝる公法上の権利関係に属する租税賦課処分については適用がないものと解すると判示した新潟地方裁判所昭和二五年(行)第五号事件の同年四月二六日言渡判決である。おもうに、国家行政権発動の根拠は、正義と公平とに基くべきものである。私経済の原則は右の正義と公平との外に、個人の利益を重んじ、当事者一方の利益は、他の不利益に帰することが多いが、これは正当な法規律に拠るときは、この利益、不利益はむしろ正義公平の原則に添うものである。

国も民事的な原因に基く法律関係には、もちろん個人の民事上の権利義務と同一の地位に立つものではあるが、公法関係においては、その法活動の理念を異にするものであつて、これはいわゆる「共に生きる」関係ではなく、群民に超越した「しろしめす」の特殊地位に在るものである。ゆえに国の行政権活動に誤謬錯誤あるときは、この本来の地位に目覚めて反省と検討とを加えて、その事実の真相を把握しなければならない。すなわち昭和二七年一〇月二七日控訴人より被控訴人に対し国税徴収法第一四条に基く第三者の財産取戻請求があつたときは、懇切にその真相を調査すべきものである。もし懇切な調査が行われていたならば、控訴人が本件土地の所有者であるとの実体が、さほどの困難なくして判明したものと思う。いやしくも取戻請求権は、その客体の動産であると不動産であるとを問わないのであるから、本件係争事実の如き内容を発見したときは、取戻請求権を与えた本義に基いて、その滞納処分である差押は直ちに解除すべきものである。本件土地は控訴人の所有権に属することは明らかであるので、無効の滞納処分である。

と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

三、証拠〈省略〉

理由

一、まず控訴人が被控訴人に対し大阪市阿倍野区阿倍野筋八丁目三番地宅地七四坪を所有することの確認を求める訴の適否について考えるに、控訴人の主張にしたがえば、被控訴人は、右土地に対し、本件滞納処分による差押をした強制徴収機関であり、国家機関であつて、独立の人格を有しないものであること明白である。そして右訴は行政処分の取消無効を、目的とするものではないから行政事件訴訟特例法第三条の適用なく、同条を類推する余地もないから、被控訴人は右訴にかんしては当事者能力なきものであり、本訴は、この点に於て不適法たること明らかで、これを却下すべきである。

二、つぎに被控訴人に対する滞納処分による差押の無効確認を求める訴につき考える。

被控訴人が、訴外人見哲二に対する国税滞納処分として、昭和二七年五月二八日、大阪市阿倍野区阿倍野筋八丁目三一番地宅地七四坪の差押をしたこと、右宅地が登記簿上右人見哲二の所有名義であることは、いずれも当事者間に争がない。控訴人は、右宅地は控訴人が昭和二三年五月四日右人見からこれを買受けその所有権を取得したものであると、主張するに反し、被控訴人はかりに右人見より控訴人に本件土地譲渡の事実があつたとしても、その旨の登記がなされていない以上、これを以て被控訴人に対抗し得ない旨抗弁するので先づこの点を判断する。国税滞納処分においては、国はその有する租税債権につき、自ら執行機関として、国税滞納処分の手続により、その満足を得ようとするもので、滞納者の財産を差押えた国の地位は、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類し、滞納処分による差押の関係においても、民法第一七七条の適用があるものと解するのが相当である。租税債権がたまたま公法上のものであるからといつて、国税徴収法第二条の認める国税先取の趣旨よりいうもこの場合国が一般私法上の債権者より不利益な取扱をうける理由がないからである。そこで本件において国が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に当るかが問題となるが、ここに第三者が登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しない場合とは、当該第三者に、不動産登記法第四条第五条により登記の欠缺を主張することの許されない事由のある場合、その他これに類するような登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由ある場合に限るものと解すべきところ、控訴人は、控訴人が昭和二七年一〇月二七日被控訴人に対し国税徴収法第一四条の規定に基き右宅地が原告の所有することの証明資料を添えて取戻を請求したもので、被控訴人が少しく事実の調査をすれば、右宅地が控訴人の所有であることは容易に判明し得たものであると主張し、右取戻請求のあつたことは、被控訴人の認めるところであるけれども、登記をもつて権利変動の対抗要件と解する以上、右のような請求の手続のあつたことでは国が本件登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者でないと認め得る事由と解し難く、その他控訴人においてこれを肯定しうべき主張もなくその立証によつてもこれを認め得ない本件においては国は、登記の欠缺を主張するについて、正当の利益を有する第三者と認むべく控訴人がその主張の如く、本件宅地を訴外人見哲二から譲り受けた事実があつてもその所有権移転登記を経由していないことは当事者間に争がないのであるからその所有権取得を以つて国に対抗することはできない。そうすると国家機関たる被控訴人が右人見哲二に対する国税滞納処分として、本件宅地の差押をしたことについては、無効の原因はないかぎり右差押の無効の確認を求める控訴人の本訴請求は失当であること明白である。

よつて控訴人の被控訴人に対する本件宅地の所有権確認の訴はこれを却下すべく、差押の無効確認を求める請求は、これを棄却すべきであるからこの趣旨に原判決を変更すべきものである。

よつて民事訴訟法第三八六条第八九条第九二条第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 沢栄三 井関照夫 坂口公男)

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